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今日は命日

今日はZAODレポート更新したら記事書かないつもりだったんですけどやっぱりこれを書かずには2/10は迎えられないと思ったので書きます。



今日は偉大な人物の命日です。
どなたの命日かご存知ですか?

漫画の神様と言われた手塚治虫先生の命日です。
平成元年の2月9日、日本の漫画の未来を切り開いた偉大な先生は息を引き取りました。

僕は平成元年の生まれですが生まれたのは12月。偉大な先生と一秒たりとも同じ時間を生きることが出来なかったのです。それがすごく悲しい。
2008年に赤塚不二夫先生が亡くなったのは記憶にある人も多いかもしれませんが、トキワ荘ゆかりの漫画家、或いは当時を知る漫画家の先生でご存命の方も少なくなってしまいました。

漫画は子供にとって害悪でしかないと思われていたかつての時代にあって、漫画を描き続け、社会に認められるようになったのは間違いなく彼らの努力があったからこそです。

手塚先生に対しては批判も少ないわけではないです。また作風を嫌う人もいます。

僕個人の意見としても会報の一部に目を通せば先生が不調の時に流行していた作品に対しての怒りにも似た嫉妬の色を窺うことが出来ますし、石ノ森先生が描いていた実験的要素の多い意欲作「ジュン」に対し、その才能と着眼点に嫉妬し「あれは漫画ではない」と言ったことがあるなど、ある種神格化されている人物とは思ないほど人として未完成な部分が垣間見えます。自分が描けない絵やジャンルを描ける漫画家に対する嫉妬や敵対心も凄まじく、相手の目の前で対抗心を顕わに口撃することも多かったと聞きます。

しかしそれでも当時を知る漫画家から尊敬を集めていますし、彼の作品は今でもなお多くのファンを持ち、これからも新たなファンは増え続けていくことでしょう。



これは広く知られていることですが先生は医師免許を有していながら漫画家として活動を続けた方です。
今の世ほど漫画が社会的に認められていなかった時代においてその行動は周囲から見れば正気の沙汰では無いと思われてもおかしくはありません。

先生は晩年癌で入院しても病床でペンを握り続け、息を引き取るまで漫画家として生き続けました。
そこまでして彼が愛した「漫画」とはいったい何なのでしょうか。

確かに現在は漫画と言うものは広く社会で認められるようになりました。
しかしそれらは大量消費社会の一商品に甘んじてはいないでしょうか?

タイトルは失念してしまったのですが、先生の自叙伝的な作品の中に漫画の神様が出て来る話があります。
当初その神様は非常に痩せ細っているのですが、しばらくぶりに会った神様は非常に恰幅が良くなっています。
マンガ界の繁栄の勢いに合わせて太った神様に対し漫画の中の先生は声をかけるのですが、神様は羽織っていたコートをバサリと開きます。すると服の下にあったのはナナフシのように痩せ細った元のままの体だったのです。
そして神様は「表面的には漫画界は潤ったように見えるかもしれないが、見かけだけで中身のない作品が増えた」と口にします。
これは現在のサブカルチャー界にも言えることではないでしょうか。

昨今サブカルチャーの勢いはとどまるところを知りません。
しかしそれは純粋に作品の人気によるものなのでしょうか。
一部の者たちによる強力な支援があると言うだけで、真にメッセージ性のある作品がどれだけありましょうか。

安に人気を取るために「萌え」でテコ入れをした結果、どこを見ても似たような味しかしない現在のサブカルチャーを取り巻く状況を生み出してしまったのではないでしょうか。

書きだすと止まらなくなってしまいそうなので割愛しますが、僕が言いたいのはもっと中身のある作品が増えてほしいということです。

クリエイターの側の努力はもちろん、受け取り手たる僕らがもっと作品を見る目を養うべきだと思います。
たまに某巨大匿名掲示板を見ると作品に対する鋭い意見が多くみられ、その慧眼に感服することが多々あります。彼らが萌えという表層的な味付けに左右されず、もっと芯の部分だけで作品を評価すれば日本の漫画、アニメ文化はさらなる飛躍が出来ると思います。

そして僕も萌え要素が強いからと毛嫌いせずに作品を見てみて、その作品の深層を評価できる目を養っていかなければいけないなと思っています。


上では「サブカルチャー」と言う文言を用いましたが僕はこの単語がきらいです。
漫画もアニメも僕の人生の教科書です。「下位の」を意味する"sub"を付けられることに憤りを禁じえませしかしこのままではいつまでたってもsubはつけられたままでしょうし、それらに対する偏見は消えません。

しかし見る目を養った消費者によって真に価値ある作品が選ばれ続けていけば、いつか必ず漫画は下位の文化たる「サブカルチャー」の地位を脱し、新たな文化となることが出来るはずです。


医師になる道があったにもかかわらず手塚先生が選んだ漫画には……先生の愛した漫画には、その可能性があります。そう信じています。
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