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良い二郎の日

こんにちはグラハムです。……じゃなかった蒼人です。


今日は11/26、つまり「良い二郎の日」ですね!

そんな訳でラーメン二郎に行きたいのですが今日は大学のあと直でバイトなので行ってる時間が無いのですorz

二郎ェ……



それはそうと裁判員裁判で初めて未成年に対して死刑判決がなされましたね。

裁判員制度自体が若い制度ですので「初の"死刑判決"」が出てから「初の"未成年への死刑判決"」までの間隔が極めて短いものとなりました。

今回の判決では被告の犯行当時の年齢が18歳であることは考慮に入れるべきではあるものの死刑を回避するのに十分では無い、18歳というのは相応の分別はつくはずの年齢だという事で下された判決であります。

もともと裁判員制度は判決と市民感情の乖離と言う実情を打開するために一般市民を人を裁く立場に据えているので、この判決は市民の声だと言えるでしょう。

しかし死刑判決を下すと言うの事に対し裁判員の方は想像もつかない重荷を背負ったようです。

それはそうですよね。人一人の生き死にが自分達の判決で決まってしまうのですから。

顔を公開してインタビューに答えた裁判員の方の仕事をしていても車を運転していても事件の事ばかりを考えていたという言葉が印象的でした。


そして判断を下す際に泣いてしまったという言葉に自分の考えの甘さを思い知らされました。

僕は死刑肯定派ですし人の命を奪ったのならその原因が事故ででも無い限り殺害した人数が一人だろうが複数だろうが厳罰に処すべきだと言う考えでした。

しかし上に書いた通り裁判員に選ばれた市民一人一人の判決が被告人の生涯に大きな影響を及ぼす事についてはそれ程重要視していませんでした。昨年は裁判員制度について賛成意見も反対意見もスライドショーをチームで作成してプレゼンテーションしたのに……

たしかにその時調べた時にも「裁判の秘密は墓場まで持っていかねばならない」「死刑判決もあり得る刑事事件に一般市民が判決の一翼を担う事に伴う精神的苦痛」と言うものは出て来ましたが実際に裁判員をなさった方の言葉をテレビで見て認識の甘さを思い知りました。


一般市民が死刑を判決したと言う事でまた世界から反対意見が出て来そうですが刑罰法規について他国がとやかく言ってくるのは内政干渉に当たる行為だと思っています。我が国には国民感情として死刑制度を指示する人間が多いのが現状です。

近頃物騒になったとは言ってもそれでもまだ日本は治安が良い国です。
死刑と言う制度はその一助になっているのであればそれは意味のあるものだと言えるのでは無いでしょうか?

死刑制度は国家による殺人の容認に他ならないと言う意見も理解できますが法律とは拘束力があってこそだと思っているので死刑制度はまだ存置させるべきものだと思います。




裁判員の方が精神をすり減らして下した今回の判決。

今回の判決を下すに際してかなりの重圧と戦った事とは思いますがこの事案が先例として受け継がれて行けば裁判員の方々の行為も無駄にはならないでしょう。


そして政治家たちも神経を磨り減らす思いで判断と発言をしてもらいたいものです。

失言では済まされ無いような言葉を平気で言わないで欲しい。

人目に触れる職に就いているからにはそれ相応の振る舞いをして欲しい。


彼等の失態は彼等一個人の失態にあらず。日本と言う国の恥になります。
 

世界に広く情報の開かれた現在、あの様な酷い様を晒しては日本人全員が愚かで無能な人間の集まりだと思われてしまいます。

何故選挙権を行使してわざわざ国家の恥となるような人間を選出するのか僕には理解出来ません。
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